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東京高等裁判所 平成11年(行コ)53号 判決

控訴人

世田谷税務署長

山田研治

右指定代理人

大圖明

外三名

被控訴人

宮川輝彦

右訴訟代理人弁護士

藤井眞人

主文

一  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

二  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

控訴棄却

第二  本件事案の概要は、以下のとおり当審における双方の主張を付加するほかは原判決の事実及び理由の「第二事案の概要」蘭に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人の主張

1  年間登記報酬金額算定となる平均単価について

(一) 原判決は、特定の年の一部の取引事例から平均単価を求める場合には、その計算の基礎となる事件の抽出が恣意的に行なわれるなどの特段の事情がない限りは、一般的には、その基礎となる件数が多ければ多いほど、より真実に近い平均値を求めることができるとした上、控訴人が把握した事件数より被控訴人が本訴において提出した領収書の控えにより確認できる事件数の方が多く、且つ被控訴人が右事件数(基礎件数)の抽出を自己に有利になるよう作為的に行なったことなど、その計算の合理性を疑うべき特段の事情を認めるに足りる証拠はない、として被控訴人の年間登記報酬金額は、被控訴人の資料に基づく平均単価を基礎として算定するのが合理的であると判示している。

(二) しかしながら、被控訴人が右基礎件数の抽出を自己に有利となるように作為的に行っていることは明らかである。

(1) 被控訴人は、保存しているすべての領収書の控えを証拠として提出しているわけではない。

被控訴人が従業員による領収書等の書類と現金の盗難にあったとしているのは、昭和六二年一〇月二〇日午後七時二〇分から翌二一日午前八時三〇分までの間であるから、それ以後の領収書の控えはすべて被控訴人が所持しているはずであるから、被控訴人が手元にある領収書の控えを集計して作成したとする昭和六二年分の報酬額等集計表(以下「昭和六二年分被控訴人集計表」のように表示する。)には、右日時以降のものはすべて記載があってしかるべきものである。しかるに、右被控訴人作成の集計表には、右盗難の日より後の取引の報酬であるのに、その記載のないものが多数存在する。その内容は、別表一の3の1及び2の「報酬額等集計表(不突合分)」の網掛け部分である(別表一「報酬額等集計表(不突合分)」は、被控訴人主張の昭和六〇年分ないし同六二年分被控訴人集計表と控訴人集計表とを突き合わせた結果、控訴人集計表には記載があるが被控訴人集計表には記載がないものをまとめたものである。)。

また、右別表一の備考蘭に「原告不知」との記載のない取引は、被控訴人が取引の存在を認めたものであるのに、その領収書の控えの提出がないものである。

(2) 被控訴人集計表の内容は、本件税務調査時に被控訴人が安海係官に提示した資料に基づく内容と齟齬している。

① 昭和六二年一月ないし三月分の収入明細との齟齬

安海係官は、昭和六三年八月二二日、被控訴人の事業所に臨場した際、被控訴人に本件係争各年分の収入明細表の作成等を依頼した。安海係官は、同年一一月一日、被控訴人事務所に臨場した際、被控訴人に対して依頼してあった収入明細表の提示を求めたところ、被控訴人は、昭和六二年一月から三月までの「日にちごとに金額が書いてあって、その一日ごとの売上げ累計額が一番右側に書いてあるような書類」を収入明細表として提示した。被控訴人は、右は領収書の控えに基づき作成したものであるが(被控訴人の供述(原審第一回))、安海係官が右帳簿を書き写そうとしたところ、被控訴人から売上金額及びその月日をメモした。これが乙七七号証(以下「収入合計表」ともいう。)であるが、これとそれに対応する期間の昭和六二年分の被控訴人集計表の各日付ごとの売上金額を比較し、その結果をまとめたものが別表二の1ないし3の「被控訴人提示の収入明細表との比較表」である。

右別表から明らかなように、各日付ごとの売上金額と昭和六二年分被控訴人集計表に対応する日の売上金額とは一致する日がほとんどないうえ、いずれの月も収入合計表に記載された売上金額の方が昭和六二年被控訴人集計表の売上金額を上回るのである。

② 本件係争各年分の各年末一週間分の収入明細との齟齬

安海係官は、前記昭和六三年一一月一日、被控訴人に対して次回調査期日までに本件係争各年分の年末一週間分の収入明細表の作成等を依頼した。同月一五日安海係官が被控訴人の事業所に臨場した際、被控訴人は本件係争各年分の年末(一二月三一日以前一週間)の取引に係る収入明細及びその基礎となった領収書の控えの写し(ただし、相手方の氏名・名称を伏せてコピーしたもの)を提示した。安海係官は、右収入明細表の内容を書き写したが、それが乙七九号証(以下「本人提示メモ」ともいう。)である。

右本人提示メモ記載の取引と本件係争各年分の被控訴人の集計表とを突き合わせた結果、被控訴人の集計表に記載されていないものをまとめたものが別表三「領収書控えの未提出分」である。

③ 以上のとおり、被控訴人が本件調査時に提示したいずれの収入明細表と対比しても、本件訴訟における被控訴人集計表の内容は齟齬しており、しかも、被控訴人の集計表の方が過少である。被控訴人の集計表は、信用性に欠け、被控訴人が基礎件数の抽出を自己に有利になるよう作為的に行っていることを物語るものである。

(3) さらに、被控訴人が基礎件数の抽出を作為的に行っていることは、被控訴人が本件係争各年分の所得税の確定申告書に添付した源泉所得税の明細表(乙八三号ないし八五号証。以下「源泉明細表」という。)の記載内容と、本件訴訟になってから被控訴人がまとめた前記本件係争各年分の被控訴人集計表に記載された取引に係る源泉所得税を比較、検討した結果からも明らかである。

すなわち、右検討結果をまとめたのが別表四の1ないし3の「源泉所得税額等の確認表」であるが、昭和六二年一一月及び一二月分に係る取引については、当該取引は被控訴人が領収書紛失の原因とする同人主張の盗難にあった日(同年一〇月二〇日)以降の取引であるから、すべての領収書の控えが証拠として提出されるべきであり、かつ、被控訴人が保存している領収書の控えを基に作成されたという前記昭和六二年分被控訴人集計表記載の取引と一致すべきものであるのに、一一月分では四六件のうち三三件、一二月分では三八件のうち二四件が一致しない(別表四の3の「⑤確認できないもの」の欄参照)。

(4) 同一取引に異なる領収書が存在する。

控訴人は、被控訴人の本件係争各年分の被控訴人集計表記載の個々の取引について認否を行ったが、その際控訴人が不知とした取引について、被控訴人は、当該取引に係る領収書の控えを証拠(甲一八ないし二〇号証)として提出した。右提出に係る領収書の控えと、控訴人が反面調査によって収集した領収書とを比較した結果、明らかに領収書の書き換えが認められるものが四件存在する(①甲一九の五九三と乙八七、②甲一九の六〇九と乙八八、③甲二〇の一九〇と乙二七、④甲二〇の八九九と乙八九)。このような書き換えられたと認められる領収書の存在は、被控訴人が提出した他の領収書の控えの記載内容についても疑問を生じさせるものである。

(三) 領収書の持ち出し、散逸の事実について

被控訴人は、元事務員が領収書の控えを持ち出したために、本件係争各年分のすべての領収書の控えを提出できないと主張し、右盗難の事実を証するものとして「証明願」(甲一七号証)を提出し、非控訴人も同旨の供述(原審第一回)をしている。しかしながら、被控訴人は領収書の控えは確定申告の際の事業所得に係る総収入金額の算定や、報酬が入金されたか否かの管理を行なう上で極めて重要なものであるのに(前記被控訴人の供述)、右証明願には現金盗難の事実の記載はあるが、領収書の控えを含め書類の盗難の記載はない。また、被控訴人は、昭和六〇分及び六一年分は領収書の控えに基づき正確な金額を申告したが、昭和六二年分は元事務員による盗難によって領収書の控えが紛失したため、概算で、申告した旨を供述(前同)しているが、本件係争各年分の各収支内訳の記載の内容に差異は認められない。被控訴人の前記供述は信用できないというべきである。

2  平均特前所得率について

原判決は、控訴人が抽出した比準同業者の中から特前所得率が五〇パーセントを超えるものを「他の同業者の特前所得率と比較すると、その所得率が特に高くなっており、何らかの特殊事情がある可能性を否定できない」として、その計算の基礎から除外しているが、控訴人が行った同業者の抽出は、既に述べたとおり恣意性のない基準によるものであり、控訴人が抽出した比準同業者の中に被控訴人と業態が著しく異なる者が含まれているものでもなく(東京高裁平成六年三月一六日判決・訟務月報四一巻四号七八九頁参照)、原判決が排除した者の特前所得率は昭和六〇年分が51.80パーセント、昭和六一年分が53.30パーセント、昭和六二年分が50.10パーセントであるところ、残余の特前所得率は、各年分とも三〇パーセント台から四〇パーセント台に分布し、その中には49.45パーセントの者(昭和六〇年分)及び47.45パーセントの者(昭和六二年分)が存在することからすれば、原判決が除外した特前所得率に極端な偏差があるとはいえない。

「何らかの特殊事情の存在する可能性を否定できない」というような不明確な理由で比準同業者から除外することは、かえって恣意的な抽出を行うことになる。

3  推計課税は、実額課税が不可能な場合に、やむを得ずその代替手段として認められた認定方法であって、しかも課税庁に認められたものであり、納税者に認められたものではないから、納税者である被控訴人が本件係争各年分の所得金額を争うには、実額により反証すべきである(大阪高裁平成八年一〇月三〇日判決・訟務月報四四巻三号三六四頁、東京高裁平成八年一〇月二日判決・訟務月報四三巻七号一六九八頁参照)。仮に、被控訴人において領収書の控えが盗難にあったため、訴訟においては実額反証が不可能であるとしても、課税庁をして適正な推計をさせるべく、すべての資料を税務調査段階で調査担当者に提示すれば足りることである。また、被控訴人は、すべての領収書の控えがないことについて、右盗難のほか被控訴人自身の書類の保管、管理が杜撰であったことや、本件税務調査の際、集計表の作成を頼んだ者から領収書の控え等が返還されなかった可能性を主張するが、被控訴人はそもそも適正な帳簿さえ作成していなかったにもかかわらず、領収書の控えを杜撰に保管、管理していたというのであって、これからはいずれも被控訴人に帰責性のあるものであるから、それによる不利益は被控訴人が負うべきものである。

また、申告納税制度における納税者は、税務調査に協力しなければならないが、納税者が税務調査の段階で資料を開示せず、後に訴訟の段階で資料を一部紛失したとして適当に資料を提出することによって、課税庁の行った推計の合理性を否定することが認められるとすれば、納税者の調査協力がなければ納税者がどの程度の資料をどの程度保持しているかを正確に知り得ない課税庁は、常に十分な反論ができず、ことごとく更正処分は取り消されることになり、およそ適正な課税を実現することが不可能となる。原判決は、何時、どの程度、資料を開示するかを納税者に認めるものであり、これは事実上税務調査拒否権を納税者に認めることになるものであって、不合理である。

二  被控訴人の主張

1  控訴人は被控訴人の領収書(控え)の不足していることを種々非難しているが、被控訴人が領収書の不足を「盗難」だけを理由としているのであれば、一応拝聴すべき主張かもしれない。しかし、被控訴人は盗難のほかに、被控訴人自身の保管管理が杜撰であったことや、本件税務調査の際集計表の作成を頼んだ者から返還されなかった可能性も主張しているのであるから、盗難による領収書の不足を唯一の根拠とする控訴人の主張は失当である。

2  盗難以降の領収書の不足について

盗難以外にも領収書が不足する理由があるし、控訴人主張の別表一の1及び2記載の二七の取引件数のうち領収書としては、同一日付を一枚の領収書としてみれば五枚にすぎないのであって、この程度は被控訴人自身の保管上のミス、集計者の保管ミスから起こったとしても不自然ではない。

3  被控訴人が取引の存在を認めながら領収書の提出がないとする点については、被控訴人としては控訴人の反面調査の結果による一覧表の内容をみて、記憶により、取引があったものと判断して、誠実に認否したに過ぎない。

4  安海係官のメモによる調査時点の数字と領収書の数字の食い違いについて

(一) 安海係官のメモは、控訴審になって提出されたものであり、後日作成されたものと推測され、信用性がない。

(二) 被控訴人の提出した領収書の金額は、別表二の1ないし3を分析してみても、被控訴人が税務調査時点よりも本件訴訟における被控訴人集計表の数字が多いものが一一日分もあり、被控訴人において、本件訴訟において故意に数字を小さくしたとはいえない。したがって、控訴人主張の右食い違いの事実から、被控訴人が取引を故意に隠したということはできない。

5  同一取引について領収書が複数存在することについて

実務においては、予備の領収書用紙を持参しており、それを利用して事実上再発行したときなど、領収書を切り替えたときに前の領収書を破棄しなかったり、再発行の領収書に「再」のメモをしないまま過ぎてしまうこともあるのであり、これにより複数の領収書やその控えが残ることが生じたにすぎない。たとえば、③については、乙二七号証の領収書が元のもので、これを訂正して甲二〇号証の一九〇を発行したが、その内容は「抹消」について一万〇八〇〇円を六八〇〇円に減額し、差額の四〇〇〇円を顧客に返還したものであり、不自然なところはない。

三  当裁判所の判断

一  本件の調査等の経緯及び争点1ないし4に対する当裁判所の判断は、原判決の事実及び理由の「第三 当裁判所の判断」の「一」ないし「五」欄に説示するところと同じであるから、これを引用する。

二  争点5(推計の合理性)につい

1 推計課税は、納税者が実額を算定するに足りる帳簿書類などの直接資料を提出せず、税務調査に協力しないなどの事由により、その所得金額を実額で算定できない場合に、やむを得ず真実の所得金額に近似した額を間接資料により推計し、これをもって真実の所得金額と認定する方法であり、右推計の合理性も、推計の方法が一般的にみて合理的であり、真実の所得金額に近似する蓋然性があると認められれば足りると解すべきである。本件において控訴人の採用した推計方法が被控訴人の事業所得の金額を推計する方法として合理性を有するものであることは、原判決書八一頁五行目から同八四頁一二行目まで記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決書八四頁九行目の「後述のとおり、」から同一一、一二行目の「その基本的な方法自体は、」までを削除する。)。

2  そこで、右推計方法を前提に、被控訴人の年間取扱事件数、平均単価等について検討する。

(一) 年間取扱件数について

控訴人が被控訴人の年間取扱件数を昭和六〇年分を二二四一件、昭和六一年分を二六三三件、昭和六二年分を三二二六件と認定した年間取扱件数の算定方法が合理性を有することは、原判決書八五頁三行目から同八八頁六行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。

(二) 平均単価について

(1) 控訴人が主張する平均単価の算出経緯は、前記認定(引用にかかる原判決の事実及び理由の「第三 当裁判所の判断」の五2(二)(1))のとおりであり、これに証拠(乙七三、七四、原審証人小宮山)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人の昭和六〇年分については二五八件の登記申請にかかる事件から平均単価を二万五二五四円と、昭和六一年分については三三六件の登記申請にかかる事件から平均単価を二万六六九七円と、昭和六二年分については三五八件の登記申請にかかる事件から平均単価を三万〇一四六円と、それぞれ算出しているが、右は控訴人が把握し得た被控訴人の取引先合計七六四件について実地調査及び取引照会を行ない、最終的に取引金額及び取引内容を把握し得た取引先一六七件分について、その回答書に基づいて網羅的に算定したものであって、算定方法に恣意はなく、合理性を有するものであるということができる。

(2)  被控訴人は、控訴人の右推計方法は、①平均単価の算定基礎とされた取引件数の全体の一割に過ぎず、算定基礎資料としては少なすぎる、②控訴人が被控訴人の取引先七六四件について行った照会等に対する回答率は約二〇パーセントで、それらが全体を平均的に反映しているといえる根拠に乏しい、③平均単価の算定に当たり、「抹消」や「住所変更」などの単価の低いものが計算の基礎から外されており、他方、一件当たりの報酬額の高かった三豊グループなどの取引による報酬がかなり含まれ、平均単価が実際より高くなってしまっている、④平均単価に乗ずる事件数の中には、実際には一割が事件とならなかった「欠番」や「取消し」やサービスにより無料でしたものが含まれている、など不合理な点が多く合理的なものとはいえない旨主張する。

しかしながら、本件においては、被控訴人は、税務職員(安海係官)の第三者の退席要求を一貫して拒否し続け、帳簿書類等の提示も極めて部分的な資料を限定的に提示するにとどまったため、控訴人において被控訴人の本件係争各年分の所得金額を実額で算定することができなかったため、当該所得金額を推計せざるを得なかったものであって、調査により把握した被控訴人の取引金融機関八店の実地調査及び取引照会により把握し得た被控訴人の取引先合計七六四件について実地調査及び取引照会文書を発送し、回答があった四五八件から取引金額が確認できた一六七件について、取引件数や報酬金額等を集計して本件係争各年分の平均単価を算定した経緯に照らせば、控訴人としては、判明し得たすべての取引先に対する実地調査や照会文書による調査を行い、回答を得たものの中から報酬金額等を明確に確認できるものをすべて抽出しているものであって、その件数も一六七件に及んでいるものであり、これにより推計計算の前提となる本件係争各年分の平均単価を算出したことに不合理性はないというべきである。また、前記被控訴人の主張する③については、控訴人において「欠番」や「取消し」の件数を控除しなかったとしても推計の合理性を欠くことにはならないことは前記(一)において説示したとおりであり、同④については、三豊グループの事件が他の事件に比して際だって報酬額が高額(単価が高い)であることや「抹消」や「住所変更」などの単価が低いものが外されていることを認めるに足りる的確な証拠はなく、控訴人の平均単価が不当に高く算出されているとの被控訴人の主張は事件簿等の具体的資料による裏付けを欠くものであって、採用することはできない。

(3) なお、被控訴人は、被控訴人の手元に現存する本件係争各年分の約七割の領収書の控えを基に、そこから実質的報酬額の合計を算出して、これを領収書の控えのある取引件数で除した一件当たりの平均収入額との対比においても控訴人主張の推計は合理性を欠くとも主張する。そして、証拠(甲一八の1ないし六九六、一九の1ないし4、6ないし八五八、二〇の1ないし八九九、九〇一ないし九一四、二一、原審における被控訴人本人(第二回))及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人の手元に残っている本件係争各年分の登記申請業務に係る領収書の控え(被控訴人の事件簿に記載された受託番号から認められる被控訴人取扱件数に占める比率は、昭和六〇年分は約七三パーセント、昭和六一年分は約七五パーセント、昭和六二年分は約六五パーセントである。)を基に登記報酬金額を集計した平均単価(いずれも一〇〇円未満切り捨て)を算出すると、昭和六〇年分は一万二五〇〇円、昭和六一年分は一万二七〇〇円、昭和六二年分は一万三八〇〇円となる。しかしながら、被控訴人の集計表(被控訴人は、平成七年九月四日付準備書面で手元に残っている領収書の控えに基づいて登記報酬金額等を集計した結果を主張し、その後同年一一月六日付準備書面で取引事例を追加し、最終的に平成八年五月二三日付準備書面で右集計結果を整理して主張している。)の内容は、本件税務調査時に被控訴人が安海係官に提示した資料と一致しない部分がある。すなわち、前記一認定の本件調査等の経緯と証拠(乙七七ないし八二、原審証人安海、原審における被控訴人本人(第一回))及び弁論の全趣旨によれば、①安海係官は、昭和六三年八月二二日、被控訴人事務所に税務調査のために臨場した際、被控訴人に対して、本件係争各年分の収入明細表の作成を依頼し、同年一一月一日、被控訴人事務所に三回目の臨場をし、被控訴人に作成を依頼しておいた収入明細表の提示を求めたところ、被控訴人は昭和六二年一月から三月までの収入明細表を提示したこと、被控訴人は、右収入明細表は領収書の控えに基づいて作成した旨説明し、安海係官は、被控訴人が許諾した範囲内で右収入明細表の売上累計額及びその月日を書き写したこと(右記載にかかるメモが乙七七号証(収入合計表)である。)右収入合計表とそれに対応する昭和六二年分被控訴人集計表とを比較対照してまとめると別表二の1ないし3のように月日の食い違いがあり、いずれの月も収入合計表の売上金額が被控訴人集計表の売上金額を上回る結果となっていること、②安海係官は、前記の昭和六三年一一月一日、被控訴人事務所に臨場した際、被控訴人に対して、本件係争各年分の年末一週間分の収入明細表の作成とその基となる領収書控えを提示するよう依頼したこと、同月一五日、安海係官が被控訴人事務所に臨場した際、被控訴人は安海係官に対し、本件係争各年分の一二月三一日以前一週間分の取引に係る収入明細表及び右記載取引の一部についての領収書の控えを提示したため、安海係官は、右収入明細表の内容を書き写したこと(右記載に係るメモが乙七九号証(本人提示メモ)である。)、右本人提示メモと本件係争各年分の被控訴人集計表を対比すると、別表三のように領収書の控えの提出がないものが存在することが認められる。

次に、被控訴人の営む司法書士の業務については源泉所得税が徴収される(所得税法二〇四条一項二号)ところ、証拠(甲一八ないし二〇(いずれも枝番を含む)、乙一ないし二〇(枝番を含む)、八三ないし八五)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人が本件係争各年分の所得税の確定申告書に添付した源泉所得税の明細表(乙八三ないし八五号証)と前記の被控訴人が本訴になってからまとめた本件係争各年分の被控訴人集計表記載の取引と対比してみると、被控訴人が盗難にあったとする月以降、すなわち盗難による領収書の控えの紛失と無関係な月である昭和六二年一一月及び一二月分においても同年一一月分については四六件の取引のうち三三件、同一二月分では三八件のうち二四件の取引が一致しない(被控訴人から領収書の控えの提出がない)し、また、右盗難があったとされる日の翌日である昭和六二年一〇月二一日以降についても被控訴人集計表には記載のない取引が存在し、右盗難日以前の本件係争各年分の取り引きについても、被控訴人から領収書控えの提出のない取引が存在することが認められる(被控訴人は、領収書の控えが保存されていない理由として、右盗難による領収書の喪失のほかに被控訴人自身の保管管理が杜撰であったこと、及び被控訴人が取引の集計を依頼した第三者が領収書の控えを被控訴人に返還しなかったことを挙げ、右盗難後の領収書の控えの不存在は、右保管の杜撰さなどで説明が可能である旨主張するが、領収書の控えが保存されていないのは被控訴人自身の保管管理が杜撰であったこと、あるいは被控訴人が取引の集計を依頼した第三者が領収書の控えを被控訴人に返還しなかったことによるものであることについては、原審における被控訴人の供述や同人の陳述書(甲四七号証)以外にこれを裏付けるに足りる的確な証拠はなく、被控訴人の右供述等も結果として領収書の控えが存在しないことを前提にしてその原因を推測するにすぎないものというべきであるから、被控訴人の右主張は採用することができない。)さらに、証拠(甲一九の五九三・六〇九、二〇の一九〇・八九九、乙二七、八七ないし八九)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人が提出した領収書と控訴人が反面調査によって収集した領収書との金額に相違があるものが四通存在することが認められる。加えて、前記のとおり被控訴人は本件係争各年分の領収書の控えの全部を提出できない理由として元事務員による盗難を理由に挙げ、被控訴人も同旨の供述(原審第一回)や陳述(甲二一)をしているが、一方では所得税の確定申告は領収書の控えを基に事業所得に係る総収入金額を計算するとも供述(原審第一回)しているから、本件係争各年分のうち昭和六〇年分及び昭和六一年分は盗難に掛かる前の領収書の控えを基に計算されていることになるが、被控訴人の本件係争各年分の収支内訳書(乙七〇ないし七二号証)の記載には昭和六二年分の特殊事情欄にも何らの記載もなく、右年分と昭和六〇年分及び六一年分との間に格別の相違はみられないし、右被控訴人の供述要旨も「領収書はバラバラになったものをこよりで綴じていたが、冊子一冊ごとなくなったことはないようである。盗難事件の後調べるとほとんどがバラバラにされていた。全部にナンバリングがされていた訳ではないので、領収書がなくなったかどうかは、現実にはわからない。」というものであって、右供述等や甲一七号証(証明願)から元事務員が現金のほかに領収書等を窃取したことを認めるに十分でなく、他に右領収書が窃取された事実を認めるに足りる証拠はない(甲四七号証(被控訴人の陳述書)の記載によれば、現金は新聞紙にくるんで机の引出にしまっておいたのを窃取されたが、領収書等は段ボール箱に入れ隣室に置いてあったというのであるから、元事務員において現金のほかに、同人にとっては無価値と思われる領収書の控えをことさら窃取すべき動機は見いだしがたいというべきである。)。

以上の諸事情に鑑みると、本件係争各年分において被控訴人が本訴において提出した領収書の控えが被控訴人において保存する領収書の控えのすべてであるか否かについても疑問が残るし、また、仮にすべてであるとしても、領収書の一部が存在しないことについては被控訴人の支配管理可能領域内の出来事によるものと推認せざるを得ないから、そこに被控訴人の恣意が作用した可能性も否定することができないというべきである。そうすると、被控訴人の登記業務自体は事案毎に個性が強いというほどのものではないから、恣意的でない一定の件数が抽出されていれば、それによる報酬額の平均値の推計は合理性を有するものであり、必ずしも抽出件数が多ければ多いほど、当然に報酬金額の平均値が真実に近づくとまではいえないのであって、これらの諸事情を考え合わせると、被控訴人の主張する平均単価の算出方法が、単に抽出件数が多いからといって控訴人主張の算出方法より合理性を有するものとは認めがたく、これによって控訴人主張の算出方法の合理性を否定するに足りるものということはできない。この点に関する被控訴人の右主張は、採用することができない。

(三) 年間報酬金額について

前記(一)及び(二)によれば、被控訴人の本件係争各年分の年間登記報酬金額は、昭和六〇年分が五六五九万四二一四円(年間取扱件数二二四一件×平均単価二万五二五四円)、昭和六一年分が七〇二九万三二〇一円(年間取扱件数二六三三件×平均単価二万六六九七円)、昭和六二年分が九七二五万〇九九六円(年間取扱件数三二二六件×平均単価三万〇一四六円)となる。

(四) 年間登記付随収入金額について

本件係争各年分の年間登記付随収入金額について前記(二)記載の方法で把握した被控訴人の取引先一六七件のうちの「謄本等」、「旅費等」、「立会料」及び「その他」の項目の金額を合計して登記付随収入金額を算出して、登記報酬金額に対する割合を求め、これを年間登記報酬金額に乗じて、登記付随収入金額を求める控訴人の推計方法は合理性があるということができる。被控訴人は、年間登記付随収入金額の謄本等の代金等の中には、印紙代等被控訴人の立替金がかなり含まれており、右立替金は年間登記付随収入金額から控除されるべきであると主張するが、前記認定のとおり被控訴人は、謄本等の代金等を預り金と報酬部分に明確に区分していないのであるから、このような場合には、受領金額全部を収入金額に計上して登記付随収入金額を推計することには合理性があるというべきであって、被控訴人の右主張は採用することができない。

そして、証拠(甲八ないし一〇、乙七三、七四、原審証人小宮山)並びに弁論の全趣旨によれば、被控訴人の本件係争各年分の年間登記付随収入金額は、昭和六〇年分が1087万1749円(年間登記報酬額5659万4214円×登記報酬金額に対する割合0.1921)、昭和六一年分が1246万2985円(年間登記報酬額7029万3201円×登記報酬金額に対する割合0.1773)、昭和六二年分が2305万8211円(年間登記報酬額9725万0996円×登記報酬金額に対する割合0.2371)となる。

(五) 総収入金額について

被控訴人の本件係争各年分の事業所得の総収入金額は、前記の年間登記報酬金額と年間登記付随収入金額とを合算したものとなるから、昭和六〇年分が六七四六万五九六三円、昭和六一年分が八二七五万六一八六円、昭和六二年分が一億二〇三〇万九二〇七円となる。

(六)  特前所得率について

証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、東京国税局長が通達により関係税務署長に該当課税事績の報告を求める方法により、東京二三区内の納税地を有する個人事業者のうち控訴人主張のaないしfの基準(引用に係る原判決事実及び理由の「第二事案の概要」の三5(一)(2)エ記載の基準)のすべてに該当する者を原判決控訴人別表2の1ないし3のとおり抽出したこと、抽出された同業者には、土地家屋調査士等の兼業者は含まれないことが認められるところ、これら同業者は被控訴人と同一の地域で司法書士業を営むもので、その事業規模が被控訴人に類似する青色申告者であって、その抽出について控訴人の恣意が介在した余地はなく、その抽出数も同業者の個別性を平均化するに足りるものということができ、右比準同業者の特前所得率の平均値を採用した控訴人の推計方法は合理的である。なお、右控訴人別表2の1記載のF、同2記載のG及び同3記載のEは、特前所得率がそれぞれ51.80、53.30及び50.10となっており五〇パーセントを超える所得率となっているが、右同業者に何らかの特殊事情があることを認めるに足りる証拠はないから、前記基準により抽出された右同業者を単に所得率が五〇パーセントを超えるとの一事から比準同業者から除外すべき理由はないというべきである。また、被控訴人は控訴人の行った経費の推計は、事務所の所有、賃借の相違、所員の数や資格等を考慮していないから不合理である旨主張するが、事務所を所有しているか賃借しているか、所員の数や資格の相違というような個別の事情は、前記比準同業者の平均特前所得率の中に吸収捨象されるというべきであるから、被控訴人の右主張は採用することができない。

(七) 以上によれば、被控訴人の本件係争各年分の事業所得の特前所得金額は、昭和六〇年分が二六四二万六四一八円、昭和六一年分が三一四一万一一三二円(和枝に係る事業専従者控除額四五万円を控除。右控除がされることについては争いがない。)、昭和六二年分が五一六九万八四一二円(前同六〇万円を控除。右控除がされることについては争いがない。)。

三  本件各更正処分の適否

以上によれば、本件各更正処分に係る総所得金額(事業所得及び利子所得の合計額)は、前記二で認定した本件係争各年分の被控訴人の事業所得の金額の範囲内のものであって、いずれも適法である。したがって、これらの金額を前提としてなされた本件各賦課決定処分も適法である。

四  よって、被控訴人の請求はいずれも理由がなく棄却されるべきものであるから、これと一部異なる原判決は相当でないから、原判決中控訴人敗訴部分を取り消し、被控訴人の請求をすべて棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・小川英明、裁判官・宗宮英俊、裁判官・川口代志子)

別紙別表一〜五〈省略〉

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